変わらない手仕事が支える
まちの大躍進
北海道登別市で創業80年の歴史を持つ、ウニ専門の加工会社『マルヒラ渡邊水産』。熟練した職人技によって一粒一粒が丁寧に並べられる「生ウニ折詰め」や、ミョウバンを使わない「無添加塩水生ウニ」は、登別市のふるさと納税返礼品のなかで多くの割合を占める主力商品となっています。
登別市ではウニの返礼品を始めて以来、寄付額が右肩上がりに増加。2023年には過去最高額となる10億円を突破しています。その大躍進の影には二人のキーマンがいました。 マルヒラ渡邊水産・三代目の渡邊真也さんと、登別市役所の総務部で主査を務める能登康行さん。それぞれの立場から、ふるさと納税という仕組みはどう見えているのか。日頃から交流のあるお二人にお話を伺いました。
市場の原理に捉われず
ウニの鮮度を最優先に考える
マルヒラ渡邊水産の歴史は、渡邊真也さんの祖父が漁師をやめたところから始まります。船を降り、海産物の仕入れ・販売に取り組むなかで、商売として上手くいったのがウニだったそうです。
「当時はまだ保存技術も未熟で、祖父はバケツに塩水を入れて、そこに殻を剥いたウニを入れて市場に並べていたそうです。父親の時代もバケツに板で蓋をして、ワゴン車で市場まで運んでいました」。
幼い頃から工場に出入りし、学生時代にはウニを剥くアルバイトをしていた渡邊さんは、自然な流れで家業を継ぐことに。しかし、ウニを取り巻く環境は決して順風満帆ではありませんでした。
「今は仕入れ値が上がり、利幅が小さくなっています。それに市場って、自分で値段がつけられないんですよ。需要と供給のバランスで値段が変わるので、物がいいからといって高く売れるわけではありません。流通量が少なければ高値が付くけど、余ったらいらないと言われる。賭けみたいな世界なんですよね」。
鮮度にこだわり、手間をかけて加工した商品を、真っ当な価格で販売したい。そんな想いから、渡邊さんは卸先を商社やスーパーへとシフトし、自社で通信販売も開始。販路拡大へと動き出しました。
「ウニは、鮮度のいいものを素早く加工して、温度帯を守って出荷し、それを食べてもらうのが一番です。需要が増えるタイミングを待って出荷すれば儲けは出ますが、鮮度が犠牲になってしまうので、自分たちはやりません」。
市場の原理に左右されずに、鮮度の高いウニを素早く丁寧に加工する。そうした実直な姿勢が、いつしかマルヒラ渡邊水産の強みになりました。登別市からふるさと納税への出品を依頼されたのも、その品質の高さが決め手だったそうです。
機械化できないウニの加工を
人口減少のなかで続ける難しさ
マルヒラ渡邊水産がふるさと納税に初めて返礼品を出したのは2016年のこと。当時はウニを出す事業者が少なかったこともあり、すぐに多くの寄付の申し込みが入り、その年に登別市への寄付額は初めて1億円を突破。渡邊さんは、当時を次のように振り返ります。
「その頃はまだ登別市も返礼品が少なくて、何か協力できればと思って始めました。今までは卸した先のことまではわからなかったけど、うちのウニを食べたお客さんから直接メールや手紙をもらったのも嬉しかったです」。
事業者にとっても大きなメリットがある、ふるさと納税。しかし、渡邊さんはウエイトのかけ方には慎重です。「ふるさと納税がなかったら、うちの会社は大変だったと思います。だけど、この制度に売上の依存をし過ぎないように気をつけています」と話す姿には、経営者としての覚悟と責任が強く感じられました。
身が崩れやすいウニの加工は機械化が難しく、熟練した技術の職人が必要です。殻を割り、中身を剥き、不要なものを取り除いて、並べる。それは創業当初から変わらない製法で、今でもすべてが手作業で行われています。「人口減少が進み、お店も減ると、暮らしにくい町になります。パートさんでも登別を離れてしまう方がいて、今は近隣の町まで送迎バスを出しています。技術を持った人がいないとできない仕事なので」。
このように厳しい状況でありながらも、渡邊さんは常に前を向いています。「ふるさと納税を始めるまで行政との関わりはなかったし、自分たちのことで必死でした。卸先も町外が大半だったので、町のことは関係ないって感じで。だけど、今は市役所の方と事業の話をする機会もできて、町への当事者意識が強くなりました。ここで終わってしまうのか、ここから発展していくのか、登別の未来は我々の世代にかかっていると思います」。
相手を「待つ」市役所から
自ら「出向く」市役所へ
「事業者の方と商品を開発し、寄付者の方との関係性を築き、町を支えるための税収に繋げることは、ふるさと納税を担当する醍醐味だと感じています」。
そう話してくれたのは、登別市役所総務部の能登康行さん。観光経済部での仕事を経て、2021年からふるさと納税の担当になるも、当時はコロナ禍の真っ最中。市はふるさと納税に関する2つの課題を抱えていたそうです。
「ひとつは年末の寄付を受け付けた段階で、翌年の秋までウニの出荷予定が埋まっていたこと。もうひとつは、コロナで観光が制限され、宿泊や体験系の返礼品のニーズがなくなったことです」。
こうした状況を受け能登さんは、中間業者と共に事業者の方々を訪ねて新商品開発の呼びかけに奔走しました。「どの事業者さんもコロナのダメージを受けているなかで、ふるさと納税だからこそできることがあるはずだと思ったんです。それまでは事務的なやり取りをするくらいの関係でしたが、この苦境を乗り越えるために膝を突き合わせて話をして。他の町の事例を共有しながら、新商品の開発に取り組みました」。経験のない取り組みに戸惑う事業者の方もいましたが、次第に新規事業のトライアルとして商品を作ってくれる方が増え、同時に人気商品を安定して供給できる体制を整備。新規寄付者だけでなくリピーターになってもらえる関係作りにも力を注いだ結果、寄付額は徐々に回復し、2023年には過去最高額となる10億円を突破したのです。
「ふるさと納税を担当して思ったのが、事業者と市役所は一緒にタッグを組むパートナーなんですよね。どちらか一方だけでなく、一緒に進んでいく必要があると実感しました。寄付額を増やすという目標は前提ですが、個人的には『ふるさと納税に携わってよかった』と思ってくれる方を増やしたい。ふるさと納税に関わることで、地域の事業者さんが商品を開発し、売り上げを伸ばし、労働環境が改善され、雇用に繋がるという流れを作りたいです」。
ふるさと納税の本質は単に寄付金を集めるだけでなく、それをどう活用するかにあります。最後に能登さんが思い描く理想の活用法について伺ってみると「まずは登別に寄付してくれた方々に『こういう風に活用させてもらいました』とお礼を伝える機会がほしいですね」と一言。その上で「ふるさと納税の財源をどう使ったら共感してもらえるのか。寄付者にとっても、市民にとってもよかったと喜んでもらえるような使い道を、一緒に考えていけたらなと思います」と話してくれました。