人口7000人
小さな町に起きた革命
「白糠町は北海道の縮図。海もあれば山もあり、魚介やジビエ、畜産物に野菜、生乳、加工品まで一通りの食材が手に入ります」と話すのは、白糠町役場でふるさと納税を担当する柴田さん。
2015年にふるさと納税で返礼品の贈呈をはじめて以来、その豊かな食材が人気を集め、たった4年で町村では全国1位の受入額になりました。寄付額は10年前の100倍以上にまで伸長し、今や町の歳入の半分以上を占めるほど。対して町民の数は、上位に並ぶ他の自治体に比べればゼロひとつ少ない、わずか7000人。小さな町を一躍有名にしたふるさと納税は、町の未来をどう変えるのか。その姿はひとつのロールモデルになり得ます。
訪ねたのは、ここ白糠町で地産のチーズを作る「チーズ工房 白糠酪恵舎」の代表・井ノ口和良さん、白糠町役場の柴田智広さん。事業者と自治体、ふるさと納税を見るそれぞれの思いを聞きました。
ミルクそのままを生かす、
「ミルクがなりたい」チーズ作り
北海道は言わずと知れた酪農大国。けれど実は長年、道民の乳製品消費量は全国平均を下回っていました。都市部に出荷されていく白糠町のミルクを、地元の人にこそ味わってほしい。その思いで2001年に立ち上げたのが「チーズ工房 白糠酪恵舎」。
白糠町の酪農家14戸と有志3名の出資により、町の酪農を支えるためにチーズ作りが始まりました。
やさしい味。白糠酪恵舎のチーズにはそんな言葉がしっくりきます。口の中に広がるコクは、くどくなく軽やか。強いインパクトはないけれど、不思議とあとを引く旨みこそ、白糠でとれるミルク本来の味だといいます。
「特別なことは何もしていません。意識しているのは、ミルクの味を生かすため、いかにいじらずに作っていくか。ミルクとは本来、お母さんが子どもにあげるおっぱい。それは自然界でも数少ない、動物が食用として作り出す食べ物です。だから体に負担のない、やさしい味がする。そのままを生かすべく、運搬、加熱、冷却などの負担になる工程をできるだけなくし、ミルクがなりたい形を想像しながら仕上げています」
取材中、井ノ口さんがくり返し唱えたのは、自分たちのチーズは 〝食べもの〞 だということ。そこには、特別な時につまむ嗜好品ではなく、米やパンのように当たり前に食べられるものでありたいという思いが込められています。そして食べものだから、価格は上げないという信念も。手に取りやすい価格を保つことで 〝いつものチーズ〞 でありたい。全国にファンがいる今も、流通のメインは道内で、取引先の7割以上は地元の飲食店だというスタンスも白糠酪恵舎らしさ。あくまで白糠の人にとっての日常であることが井ノ口さんの願いなのです。
「この町に生まれ育って、就職を機に上京した子が、東京のイタリア料理店でうちのチーズを食べたよ!と連絡をくれたことがあります。メニューに載る白糠酪恵舎の名前を見て、誇らしかったと。慣れない東京の町でチーズに出会った瞬間、故郷を思い出したような懐かしい気持ちになったんだろうと想像します。私たちがめざすのは、そんな風に誰かにとってのふるさとの味であること。そのためには都会の商品にならず、どこまでも地元に根付いていたい。どんなコンテストで賞を獲るよりも大切なことです」。
「忍耐は熟練を生み、
熟練は人生に目的を与えてくれる」
地元に愛されるチーズは、ふるさと納税の返礼品になったことで新たな広がりを見せています。
「チーズを食べて白糠町に来てみたくなったと道外からはるばる訪ねてくれる方が増えました。ただ食べるだけじゃなく、それが作られる町に目を向けてくれるのは嬉しい流れ。白糠酪恵舎という接点ができることで、ここを第二のふるさとのように思ってくださる人が増えればいいですね」。
明朗な井ノ口さん。けれど酪農の現状について話を振ると、表情が曇りました。
「深刻な状況です。飼料価格の高騰や、牛乳消費の減少、出荷規制、高齢化、いろいろな課題があります。酪農家の廃業は進み、白糠酪恵舎を立ち上げた24年前に比べて、白糠でも生産者の数は90軒から30軒あまりに減りました。乳価が少なくともあと10円上がらなければ、乳業の経営は厳しい。でもミルクの値段が上がれば、乳製品の消費が減るジレンマがあります」。
これからの乳業を支えるために、どんなチーズを作るべきかずっと考え続けています。
「100g 500円のチーズと、そこに手間や工夫を加えた100g 1500円のチーズがあるとします。後者が売れれば私たちの利益は増す。けれど酪農家にとっては、同じ1500円で前者を300g 買ってもらえた方が牛乳の消費になるわけです。価格の高いものを作ることが必ずしも善ではない。ならばできるだけ価格は変えず、よりよい品質を追求して、多くの方に食べていただくことが私たちにできることです」。
進化より〝深化〞するチーズとは、白糠酪恵舎が掲げるテーマ。深化には底がなく、満足できるものはなかなか作れない。昔はもっと簡単に作れていた気がするのにと笑う井ノ口さんは、それでもどこか楽しそうです。
「できないことがあるから、成長したいと思うんです。社員に伝えているのは『忍耐は熟練を生み、熟練は人生に目的を与えてくれる』ということ。チーズ作りは厳しい修行ですが、努力を重ねた先には技術がついてきます。いつか『あなたのチーズだから食べたい』と求めてもらえる日がくれば、それは人生の光になる。目の前の課題に真っ直ぐ向き合い、乗り越えていくのみ。この先も20年、50年、よりよいチーズを作っていきます」。
“ショッピング”ではない
“ご寄付”だから築ける関係がある
町役場でふるさと納税を担当する柴田さんは、生まれも育ちも白糠町。昔から当たり前のように食べてきた地元食材の魅力を再認識したきっかけが、ふるさと納税でした。
「全国の皆さまから嬉しいご評価を受けて、白糠食材のクオリティの高さを確信しました。生産者のモチベーションも上がり、もっと選んでもらえる喜んでもらえる商品を作ろうと自ら創意工夫を加えるようになりました」。
寄付者からの返礼品レビューには、自治体の職員が全てに返信コメントを書いています。その数は月に1000件以上。手を抜かないところに、白糠町の思いがあります。
「ふるさと納税は単なる〝ショッピング〞とは全く異なります。気持ちや思いがこもった〝ご寄付〞ですから、返礼品をお贈りして終わりではなく、町と寄付者さんとのご縁は、むしろそこから始まります。1対1のつながりを大切にし、丁寧なやりとりで関係深化を図っていく。自治体職員である我々は常に意識しています」。
そうして集まる寄付金をどこに使っていくべきか、率直な考えを聞きました。
「子育て支援や教育も重要ですが、やはり基幹である一次産業への支援です。白糠町をここまで押し上げてくれた生産者に還元することで産業を守り育てたい。私自身も白糠の食材と、それを作る人たちが好きだから、応援したいんです」。
産業支援の一環として、2021年に町が取り組んだのは漁場の可視化。水中ロボットや超音波などの最先端技術によって、前浜漁業の新たな展開を検討するための調査を行い、2022年には白糠漁業共同組合がホタテ増養殖の実証実験事業に着手しています。
「自治体にできるのは、課題を解決する技術をもつ民間と生産者を繋げること。漁業だけでなく、現在は全ての産業で新たなチャレンジが始動しています」。